カテゴリ:M・ラケモサ( 3 )

12年間に渡り、中国奥地やチベットなどに出向いて、この目で確かめてきた青いけしについてまとめて見ようと思います。
青いけし、メコノプシスの解説ではありません。
何十年もあこがれ続けてやっと出会った私の青いけしへの想いです。
いつまで続くのか分かりませんが、おつきあいくださればうれしいです。


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この青いけし、メコノプシス・ラケモサにたどり着くまで四半世紀以上かかってしまった。
地球上のどこかに、青い色をしたケシの花があることを知ったのは20代のころ。
暇さえあれば植物図鑑を眺めていた時期だった。
オオイヌノフグリのブルーが大好きだった。
黄色やオレンジのポピーの花びらをオオイヌノフグリのブルーに置き換えてみた。
そんな幻想的な花がどこかに咲いているのだ。
でもその頃は写真すら見たことがなかった。
1,975年11月に週刊朝日植物百科が発売された。
見たこともない世界の花が満載された冊子が毎週届く。
待ちに待った青いけしの号が届いたときは発売から1年3ヶ月が経っていた。
はじめて目にした青いけしはオレンジ色の蕊を取り囲む4枚の真っ青な花びらのグランディス。東ネパール、3,200m付近で撮影とあった。
さほどの感動はなかったように覚えている。
ネパールなど、あまりにも現実とかけ離れているせいだったかもしれない。
1,986年、地元新聞の夕刊の随想欄に2ヶ月ほど拙文を連載してもらったことがある。
その中で恋い焦がれる青いけし、メコノプシスのことを書いた。
それに反応があった。
チベットのラサが開放されて、ツアーによるジープの旅をしてきたという女性から手紙をいただいた。手紙と一緒に青いけしの写真が入っていた。
「随想に書いてあるメコノプシスとはこの花ではないでしょうか」と。
岩陰に真っ青な青いけしが咲いている写真だった。
オオイヌノフグリのブルーをもっと濃くした青い色、セルリアンブルーそのもの。
自分の中のイメージに近いケシだった。
だが、この時期は数年前に家を新築して実母を引き取り子育てと生活に追われている毎日、時間的にも経済的にも時期尚早だった。
ヒマラヤの青いけしを取り上げる番組もたまにあった。
どれもテント生活をしながら山に分け入り、高山病と闘ってやっと一輪の青いけしと出合う、という内容だ。
いつか・・・という夢は持ち続けていたが現実味は果てしなくゼロに思われた。



ある女性からいただいたラサで写したという青いけしの写真
手紙は紛失してこの写真だけが残っている
Kさんという方でした
Kさんは今でも奥地の旅に出かけているのでしょうか
メコノプシス・ホリドゥラ
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12年間に渡り、中国奥地やチベットなどに出向いて、この目で確かめてきた青いけしについてまとめて見ようと思います。
青いけし、メコノプシスの解説ではありません。
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↑の写真は私が生まれて初めて目にした青いけしだ。
1,999年7月13日、中国四川省巴朗山山麓、標高4,300mの地で撮影した。
メコノプシス・ラケモサという。
長年あこがれ続けた愛しの青いけし、このメコノプシスに点数をつけるとしたら89点か。
−11点は何?
ひとつは、花の色がイメージしていた青い色とちょっと違うこと。
澄んだ空の色の青いけしが見たかった。
これはちょっとマゼンタが入っている。
そして、これを写したのが帰り道のそぼ降る雨の中だったということ。
良い状態で写せた往きの10日は高山病にかかってバスから一歩も外に出られなかった。
未経験の高度に体は拒否反応を示してしまった。
ほんの20mも歩けばあこがれの花はそこにあったのだが、他の人たちの歓声が響く中、私は青い顔をして座席でぐったりしていたのだった。
若い頃から山登りをして高山植物の写真を撮っていたが、訪れるのは東北の山が主。
2,000m以上の山には登ったことがなかった。
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メコノプシス・ラケモサ

世界のどこかに青い色をしたけしがあると知ったのは30数年前のこと。
いつか見に行きたいと思い続けて子育てを終え、母を看取りました。
願いがかなって初めてであったのがこのけし、メコノプシス・ラケモサです。

1999年7月12日、中国四川省四姑娘山麓の巴朗山峠(4300m)は小雨に煙っていました。
7月8日に成田を出発。3日後の10日に同じ峠を通るときは、高山病のために動くことができずに涙をのんだのです。
標高3200mの日隆で3日間を過ごしての帰り道、再びの巴朗山峠でした。
メコノプシス・ラケモサは、ガラス細工のような花びらに雨を受けて静かにうつむいて咲いていました。色は、、、想像より赤みがかっていましたがまぎれもない青いけし。
が、感動に浸っている時間はありません。雨の中を飛び出してきたのは数人のみ。ほとんどの人はバスの中で待機しています。雨が降り出した工事中の山岳道路はいつなにがおこるかわかりません。夢中でシャッターを押した記憶がよみがえります。

1999年7月12日撮影
標高4300m

この年、道路の拡幅舗装工事をしていました。山岳道路が完成した翌年には3日がかりだった日隆へは1日で行けるようになりました。しかし、これら青いけしが花を咲かせた草原は跡形も無くなっていました。


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2004年6月、再び四川省四姑娘山麓を訪れました。
この年は春が遅くやってきたらしく、巴朗山峠付近にはまだ花の彩りはありませんでした。
峠をしばらく下った岩場でやっと咲き出したメコノプシス・ラケモサに出会いました。


2004年7月2日撮影
標高4200m

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