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1999年7月6日、参加者18名、ガイドの植物学者、添乗員を乗せてジャンボ機は成田を出発しました。中国は近い。3時間ほどで上海に到着、さらに国内線に乗り換え2時間で四川省成都着。成都は人口1200万人ほどの古きよき中国の香りが残る都。電力不足が感じられる町並みを抜けて着いたホテルは四つ星の高級ホテルで、格差社会をかいま見た気がしました。
翌日は長江の支流に沿った道をひたすらバスに揺られ、パンダのふるさと臥龍(ウォーロン)に到着。深い山に囲まれた静かな町です。
パンダ自然保護研究所で檻に無造作に入れられているパンダを見学。親パンダ子パンダ20頭ほどを間近でみました。かわいかった〜、けどきたなかった?
この日は山荘風のホテルに泊まりましたが、夏休み中ということで、林間学校の子どもたちが広場で踊っていました。広場の隅には薬草売りのおばちゃんたちが並んでいました。
翌日、いよいよ本格的な山岳道路に入りました。3月からコンクリート舗装化の工事が始まっていて、通行は工事優先。なにせ、人海作戦の工事です。生コンクリートを耕耘機に積んでくるんですから。均すのは左官が使うような小さなコテ。それでいて定期バスやトラックがひっきりなしに通行します。片側通行の箇所では車同士が鉢合わせをすることもしばしば。
無事に目的地に着けるのか、不安だらけのドライブとなりました。
標高が上がるにつれ、道路の両側には色とりどりの花が咲いています。
途中何カ所かでフラワーウオッチング。赤いけし、メコノプシス・プニケアや黄色いけし、メコノプシス・インテグリフォリア、紫色のけし、メコノプシス・ヘンリッキーなどを見てきました。いよいよ青い色をしたけし、メコノプシス・ラケモサに会える巴朗山峠です。ここは標高4300mの地。私はなんと、高山病にかかっていました。
頭はずきずき痛み、胸がむかついて今にも吐きそう。バスからおりてはみたものの、一歩も踏み出すことができません。ぼうぜんと立ち尽くす私の耳に入ってくるのは、すぐ近くから聞こえるみんなの歓声。そう、20mも歩けば青いけしは咲いています。
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メコノプシス・プニケア
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メコノプシス・インテグリフォリア
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メコノプシス・ヘンリッキー
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巴朗山峠の青いけしポイントはすぐその先、なのに私の足は先に進まない
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1990年に開催された大阪花博に、ヒマラヤの青いけしが出展されたのがきっかけで、我が国でも青いけしが広く知られるようになってきました。園芸種として苗が出回り、栽培もされるようになっていました。
植物園などを探せば、国内でも青いけしに出会えるということは分かっていましたが、現地で見ることにこだわっていました。淡々とチャンスを待っていました。そしてチャンスはやってきたのです。
「1999年7月6日出発、中国四川省四姑娘山麓青いけしウオッチングツアー」のお知らせを新聞の片隅でみつけました。
子育てが一段落し、同居の母親も見送った後でした。
『待てば海路の日和あり』とはこのことです。
それまで青いけしを見るには、ヒルや蛇のいる山道を何日も歩いたり、ジープや馬にに揺られたりと、困難な旅をしなければならないものと、思っていました。
送られてきた資料を見ると宿泊はすべてホテル、行動はバス、となっています。テント泊もなければ寝袋持参の項目もありません。
観光旅行のようなものです。
中国に青いけしがあること自体信じられないのに、半信半疑で出発を待ちました。
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8年間に出会った青いけしの数々
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私の辞書には「予習」などという言葉は入っていません。
いつでも、何事もぶっつけ本番、と言えば聞こえはいいですが努力が嫌い。
「ヒマラヤの青いけし」に興味を抱いたら、いろいろ手を尽くして情報を収集するものでしょう。
私はそれをしませんでした。ただなんとなく「青いけし」にあこがれていただけです。
こんな私にもたま〜に情報が入ることがありました。
30年ほど前に「朝日植物百科」という本が発売されました。週刊誌タイプの本で世界の花の写真と解説本です。
いい忘れましたが、私は趣味として40年ちかく、山歩きをしながら花の写真を撮っています。花の知識を増やしたくてこの本を定期購読しました。毎週珍しい花が紹介される本を首を長くして待っていたものです。全巻揃えるのに4年ちかくかかるボリュームです。2年ほど待って、ヒマラヤの青いけしが載った号が届きました。胸がときめくほどの写真ではありませんでしたが、あらためて青いけしを確認した瞬間です。
20年前に、地元新聞夕刊の随想欄に2ヶ月間エッセーを書かせていただいたことがあります。このとき、ヒマラヤの青いけし、メコノプシスについて書きました。すると、ラサを旅してきたという女性の方から青いけしの写真と手紙がおくられてきました。ラサが旅行者に開放されたので、ツアーで行ってきたとのことです。ジープに揺られての過酷なたびだったようです。写真には砂礫地に咲く真っ青なけしが一輪、写っていました。住んだ空色のけしが魅力的できれいな写真でした。旅行費用は50万円くらいだったと思います。
家のローンをかかえながら子育てに追われていた時期でした。
遠い、夢のお話として、その手紙を引き出しの奥にしまいこんでしまいました。
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 この世界のどこかに青い色をしたけしがあるということを知ったのは30年以上も前のこと。この時点では”どこか”がどこなのか、知る由もありませんでした。この情報は雑誌で得たのか、人に聞いたのか、今となっては定かではありません。
 やがて、それはヒマラヤに咲いているということを知りました。
ヒマラヤについてはテレビの探検番組などで見るくらいの知識しかありません。果てしなく遠く、困難な旅を想像していました。でもいつか…。
 夢を思い続けていれば、いつかはかなうもの。
 忘れもしない1999年の春。朝日新聞のお知らせ欄に「中国四川省、四姑娘山麓青いけしウオッチングの旅」参加者募集の記事を見つけました。
 目を疑いました。青いけしが中国に!
 今考えると、なんて無知な。と、思います。
 1999年7月14日、あこがれの青いけし初ご対面。ここから私の青いけし狂いが始まりました。
 
 さて、これから青いけしの旅の顛末記を書きながら、美しい青いけしや珍しい高山植物の数々を紹介してゆきたいと思います。何せ、8年分です。気長におつきあいいただければ幸いです。
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