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そして、ラサ騒乱が起きてしまった。
3月15日の朝刊に載った記事によると中国・共産党に対する僧侶や市民の抗議行動が激化し、中心部の商店街から出火。武装警備隊などがデモ隊の鎮圧化に当たり、混乱が広がっていると。情報統制による中国側の一方的なニュースだけが流れる中、抗議デモは四川省や青海省にまで広がっていった。
一切の外国人をシャットアウトしていた中国政府もやっとラサへマスコミを入国させたが、厳しい監視の中での取材が続いていた。
平常通りの市民生活を取材させていたようだが、一人の僧侶が突然カメラに向かって「私たちは何もしていない」と泣いて訴える姿が映し出された。
僧侶の格好をした中国人兵士が暴動を起こした、というコメントも流された。
やがて起こるべきして起こった聖火リレー妨害は、ギリシャのオリンピアでの点灯式から始まってしまった。
各国でのルート変更や縮小、打ち切り。中国側の異様とも思える青いジャージーのガードマン。
開会式ボイコットを表明する国も続出している中、ダライ・ラマは日本も訪問した。
中国は今回の騒動はダライ・ラマの指揮の下に発生したと言い、赤い衣を着た悪魔と表現した。
米国を訪問したダライラマは改めてオリンピック開会式ボイコットに反対し、自分たちは独立を望むのではなく自治権を認めて欲しいだけだと主張した。
この後、ダライ・ラマ代理人の代表と中国政府側との話し合いが持たれたが、中国当局の一方的な言い分だけで終わった。救いは今後も話し合いを続行するということ、チベット人や世界が納得する方向にいってほしいと願うばかりだ。
紆余曲折を経て聖火リレーが中国本土に入ったとき、四川大地震が起こった。
5月12日に四川省を襲った地震はあまりにも痛ましい結果となった。
震源地の都江堰は四姑娘山麓の青いけしを見に聞くときに必ず通る。都江堰は2300年前に作られた水利施設で世界遺産にも登録されている。今も長江の氾濫から町を守ってくれているという。
多くの生徒が犠牲になった汶川は九寨溝の帰りに立ち寄ったレストランのある町。絶品のお焦げ料理をお代わりする我々をうれしそうに見ていたオーナーは無事なのでしょうか。
この原稿を書いている5月24日現在、地震による死者、行方不明者は8万人を超えている。
直接の被害者は1000万人に及ぶとも伝えられる四川大地震。毎日各局が競ってニュースを流しているが、報道されない地域の被害が気になる。
聖火リレーは3日休んだだけでいまも中国各地を回っている。
北京オリンピックは国の威信にかけても成功させるだろう。
チベット問題は先送りになるのだろうか。
中国西部の奥地を住処にしている青いけしや高山植物、生き物たちは人間が手をかけない限り、強くたくましく生き抜いていくことと思う。

これで「海棠」掲載予定の旅行記は終了です。
最後まで目を通していただいた方、ありがとうございました。
部分的には独りよがりの思いもあろうとは思いますが、私の乏しい思考力の中で感じた黄河源流の旅の記です。

中国地震のニュース合戦が冷めやらぬ6月14日、岩手、宮城内陸地震が発生。
栗駒山が形を変えるほどに崩れ落ちた大きな地震に、中国地震はほとんどマスコミに登場しなくなりました。たまたま中国政府による取材規制がかけられた時期と重なることもあります。
手抜き工事の学校で子どもたちが多数亡くなってしまい、それを報道されるのを規制したためらしいです。
恥部までもすべてさらけ出しながら大人になってゆく中国を期待したいです。


29日、中国雲南省に行ってきます。
2度目の雲南省ですが、どうしてもまた見て見たい青いけしがあります。
地震の影響のない地です。
無事帰ってきて「私の青いけし」をご披露できるよう・・・。
いってきます。
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この日は瑪多に泊まり、さらに共和、上海と2日かかって帰国した。
帰りの道は来るときに通った道よりもさらに整備されて快適なドライブとなったが、花や景色を楽しむ余韻はなくなっていた。
青いけし(アツミゲシがどこぞの公園で大量に開花して徹夜で処分したというニュース。麻薬の取れるケシではありません)、メコノプシス・ホリドゥラが大量に咲いている光景を想像していた。地球温暖化の影響なのか、開花の少ない年回りだったのか。
西部大開発という名のもとにどんどん破壊が進む青いけしのふるさと。青いけしや高山植物地帯をショベルカーで削り取りながら道は作られていた。
破壊されているのは自然ばかりではない。
チベット族の人たちの生活もどんどん変化している。
瑪沁では5年前には見られなかった物乞いの人たちや偽坊主がやたら目立った。
ほいほい物や金をばらまく観光客の悪影響かと思ったが、そうではないらしい。中国の遊牧民定住化政策がもたらした姿だった。
遊牧民はヤクや羊を飼ってパオで本物のエコ生活していた。ヤクの糞を燃料にし、テントは毛で作る。乳は命をつなぐ食料や衣類になる。
政府からいくら安く与えられた住居といえ、現金収入もないのに借金を背負い金燃料に頼らなければ暮らせない生活になった。
町での生活には馴染めず(漢族が相手にしないという)物乞いをする道を選ばざるを得なかったのだと思う。
前述の「星宿海への道」に戻る。
歩くこともできず目も見えずに物乞いをしている母親に育てられた少年。自分の不注意の事故でこの母親を死なせてしまった男は、少年をを養子に引き取る。少年は男の実子の兄として大きくなる。少年は黄河の源流にあるという星宿海にあこがれ続けて大人になり、やがてシルクロードのとある町で行方不明になった。少年を兄として育った弟は、兄が中国青海省の星宿海とは2000kmも離れているシルクロードを訪れた理由を探し続ける。
少年の母親は目が見えず、歩くことも出来なかったため物乞いの道しかなかった。(目が見えなくなったのにはおぞましい理由があるのだが)
物乞いの道を選ばざるをえなかったチベットの人々、ある事情から物乞いの道を選んだ母親、の違いはあるが、なりたくてなったわけではない。


なお星宿海は、私がそうではないかと思った星星海ではないとのこと。
今回訪れたところよりさらに奥地にあるそうです。
malmaさんからの情報です。http://osyorokoma.net/


今回の旅はいつもにもまして気候の変化が激しかった。
共和への途中の峠では霰の攻勢に一時交通がマヒした。
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お世話になったガイドの張さん(前)とドライバーさんたち
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去年の7月に訪れた黄河源流青いけしの旅の記録をまとめました。
同人誌「海棠」(主催者及川とも)に年一度の青いけしの旅の旅行記を発表しています。印刷ができ上がるまであと少しかかりますが、先取りで読んでいただけたらと思います。
今回は原稿を書いている途中にチベット騒動や中国地震が起きてしまいました。それらにも触れた旅行記となっております。
一度に長い文章はきついと思いますので、何回かにわけてupします。


真夏に雪!

いよいよ期待のバヤンカラ山に向かう朝、真っ青な空がまぶしい。
町の食堂で地元の人たちと同じ肉まんと揚げパンの朝食をとってそのまま出発。
町を出てしばらく行くと星星湖という湖が点在する平原を走った。道の両側に点在する大小の湖は美しくはあるが、さほど気にも留めずにぼんやりと眺めてやり過ごした。

「星宿海への道」(宮本輝著、幻冬舎刊)を最近読んだ。黄河源流にあるという星宿海にあこがれた少年の話だ。伝説によれば巨大なひょうたんの形をした湖の口の部分から、黄河に豊かな水を流し続けているという。著者はこれを実際には「無数の青い湖が星のように散らばっている」と表現している。
この星宿海こそぼんやり眺めていた星星湖ではないか。宮本輝氏はここを訪れたのだろうと思う。
「無数の湖が星のように散らばっている」から星星湖。このイマジネーションが欠けていた自分に腹が立った。

トイレタイムの場から雪山が見えた。
「アムネマチン山ではないよね」とつぶやきながら車に戻る。
と、S女史が「まいったな〜」
大場先生は「うん、うん」
やがてその意味がわかった。
どんどん雪山が迫ってくる。目指すバヤンカラ山は見事に雪化粧していた。
4824mのバヤンカラ峠では真っ白な斜面にカラフルなタルチョが鮮やかにはためいていた。
多いところは5cmほどもあろうか。気温はさほど低くないのでいったん雪のない場所まで下っていった。
真っ白な雪山をバックにキンポウゲ科の花で埋まっている草原での撮影タイムと昼食を済ませた。
1時過ぎに峠に戻ってみると雪はすっかり消えていた。
タルチョのまわりでは数名のチベット族の男達が、5cm四方位のお経がすり込まれた赤や青の紙の束を放り上げながらお祈りをしていた。
彼らにとってバヤンカラ峠もまた神聖な場所なのだ。
我々は神聖な峠を挟んで、両側になだらかな斜面を見せている山を登っていく。
ゆっくり、ゆっくり、、、。
幻の雪蓮と青いけしを求めて。
足下には黄色や白のサキシフラガ、アザミの仲間、ペディキュラリスなど踏みつけてしまうほど小さな花が咲いている。メコノプシス・フォリドゥラさえも身を小さくして環境に適応している。
「あった〜!こっち〜!」
という声に人垣からのぞいてみると白い綿毛をまとった10cmほどの虚無僧のかぶり物のような雪蓮が2株並んでいた。
Saussurea medusaeという。メドウサの髪のように葉先が渦を巻いていた。雪蓮も種類が多い。
雪蓮は薬草として珍重されている。チベット族のドライバーは帰りの車の中でうれしそうにあの2株の雪蓮を見せてくれた。
車中のだれもが物言いたげな顔でドライバーと雪蓮を眺めていた。
帰りに立ち寄った草原の片隅できれいに咲きそろった青いけしを数株見つけた。


出発時には青空に太陽がまぶしい夏の景色だったのに、冬に突入

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雪に覆われたキンポウゲの仲間も黄色い顔をのぞかせた

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雪蓮Saussurea medusae
漢方薬として重宝されている
このあとドライバーが取ってしまった

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去年の7月に訪れた黄河源流青いけしの旅の記録をまとめました。
同人誌「海棠」(主催者及川とも)に年一度の青いけしの旅の旅行記を発表しています。印刷ができ上がるまであと少しかかりますが、先取りで読んでいただけたらと思います。
今回は原稿を書いている途中にチベット騒動や中国地震が起きてしまいました。それらにも触れた旅行記となっております。
一度に長い文章はきついと思いますので、何回かにわけてupします。


未知の地、瑪多(マドウ)へ

前回は瑪沁にもう1泊して雪山郷というアムネマチン展望地に行ったが今回はここには行かずにさらに奥の瑪多(マドウ)へ移動。
地図上では前日の砂ぼこりぼうぼうの街道が最短距離になっている。5年前はこの道を通ったはずだが、張さんは遠回りでも三角形の2辺を通る道のほうが早いからコースを変更しますといった。
3角形の2辺を走る遠回りになるコースだが、舗装道路で快適なドライブができた。時間的にもずっと短縮。
工事中だった悪夢の橋(小さな橋だった)も立派にできていてあっという間に通りすぎた。
あの小さな橋を見て、川の真ん中でエンストして身動きできなくなったバスのことなど誰が想像できよう。
先頭を走っていた張さんは私のために橋のところで車を止めようと思っていたが、気がつかないうちに通り過ぎてしまったと頭をかいていた。
給油のために立ち寄った花石峡は架橋工事監督の魏氏の好意で宿泊した思い出の地。
張さんに宿舎まで連れていってもらった。真夜中に着いて早朝には出発した宿舎だが、妙になつかしかった。一晩中燃えていたペチカのぬくもりを思い出した。
花石峡から先は初めての行程になる。瑪多までは約80kmの大平原に伸びる舗装道路。地球の大きさが感じられるくらい広〜い視野が広がる。遠くに見えた雨雲が目の前に迫って激しい雨の中に突っ込んだかと思うと、からりと青空が現れたり激しい気候変動の中を瑪多に着いた。
宿舎は招待所といわれる簡易ホテル。トイレは共同でシャワーはない。石炭ストーブが燃える部屋にベッドが二つ、思ったよりきれいでほっとした。
食事は町の食堂で野菜たっぷりの中華料理。
自分の食欲パターンは朝食はお粥や肉まんをほどほど、昼食は持参したカップ麺かレトルトご飯を中心にしっかり食べる。そして夕食はほとんど食欲なし。
どうも夕方には高山での行動の疲れが出て食欲がなくなるらしい。

瑪多(マドウ)への途中で見つけたダイオウの仲間
漢方薬に使われるとか
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激しい気候変動の中を行く。
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翌日訪れたバヤンカラ峠ではとんでもない気候の歓迎を受ける。
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去年の7月に訪れた黄河源流青いけしの旅の記録をまとめました。
同人誌「海棠」(主催者及川とも)に年一度の青いけしの旅の旅行記を発表しています。印刷ができ上がるまであと少しかかりますが、先取りで読んでいただけたらと思います。
今回は原稿を書いている途中にチベット騒動や中国地震が起きてしまいました。それらにも触れた旅行記となっております。
一度に長い文章はきついと思いますので、何回かにわけてupします。



7月25日、いよいよ青いけし観察日。

120kmほど先の4700mの峠までの数10kmが青いけし街道だった。期待が高まる。
主要道路でないため5年前と変わらない未舗装の道を行く。乾燥が激しく砂ぼこりが凄まじい。がけが崩れて道が半分塞がれている箇所もある。
最初の峠にさしかかったとき歓声が上がった。アムネマチン山が1点の曇りもなくピッカピカの姿をおしげもなく見せている。
小さな寺院の建つ丘によじ登って赤いけし、メコノプシス・プニケアと一緒にカメラに収めた。
車は砂ぼこりの中をさらに先に進む。
5年前に青いけしが見えてきたあたりに進んでも元気のない草むらばかりが目立って青いけしの気配がない。
ランチタイムの場所も前回と同じ。
やっと青いけしを見つけたが精彩がない。
毎日続く青空がだんだん不安材料となってきた。でもあの峠に行けばきっと、、、。
目的の峠に降り立ってがく然とした。
一歩足を踏み出せば緑のお花畑があったはず。
明らかに乾燥が進んでいる。白茶けた地べたばかりがやけに目に付く。
青いけし、メコノプシス・フォリドゥラは数えるほどしかなかった。
時間がたっぷりあったのでマクロレンズでクローズアップ写真を撮った。いままでにない写真は撮れたがいまいち気分はすっきりしない。
ほかの花も個体数がぐっと少なかった。
帰り道、高度が下がった草原でアズマギクの大群落に出会えたのが救いだった。



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去年の8月にのせた写真の中からピックアップしました。


今朝、宮城、岩手を中心に大きな地震がありました。
ここ、蔵王町は震度5弱、被害はありませんでした。
時間が経つにつれ、山間部での被害状況が明らかになっています。
なくなられた方、住宅の崩壊、がけ崩れ、バスが道路から転落したなど・・・さらに被害が大きくなりそうです。
これ以上の被害がないように祈るのみです。
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去年の7月に訪れた黄河源流青いけしの旅の記録をまとめました。
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3日目にして青いけし観察拠点の地、瑪沁に入った

7月22日、西寧のホテルを出発し貴徳、同徳にそれぞれ1泊して青いけしの観察拠点になる瑪沁へ入るという行程は5年前と同じ。
車窓からの景色はほとんど見覚えのあるものばかり。前回より10日ほど遅い出発だが途中で見る花もあまり変わらないようだ。
うれしいことに自然の破壊はほとんど感じられない、と同徳まではそう思った。
同徳から瑪沁への道中では随所で道路拡張工事が行われていた。
毎日カラカラの天気続きで、砂ぼこりがすごい。前の車の砂ぼこりが収まらないうちは1寸先も見えないほど。立ち往生することたびたび。
車の往来がさほどにも思えないが西部開発の一環か、道路整備は着々と進んでいた。
植物観察の予定地が開発されて建物が建っていた、ということもあった。
予定時間より早めに瑪沁のホテルに着いた。

                         いよいよ明日は青いけし街道へ


黄河の流れ                                    
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果てしなく続く大地

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夕闇迫る中国青海省、西寧(シーニン)空港に降り立ったとき、照明のまぶしさにとまどいを感じた。
空港ビルが新しく生まれ変わっていた。
5年前に訪れたときは、たしか大平原の中にこじんまりとたたずむ建物があったはず。迎えのバスの駐車場近くには茂みの影から物珍しそうに我々を伺う少数民族の顔がそこここにあった。
そんなローカルな光景はどこにも見当たらない。
我々ツアー客やスタッフを乗せたバスは、鉄の固まり以外を拒否しているかのような標識に沿って走り出した。
高層ビルがこんなにあったっけ?
高速道路だったけ?
いくつもの?の中を走ってバスは1時間ほどでホテルに着いた。
今回は咲き乱れるメコノプシス・フォリドゥラに出会うアムネマチン山麓再びの旅。
2000年からはじまったという中国西部大開発を改めて見直す旅となった。

同じツアー会社の旅に毎回参加しているとおなじみさんが増えてくる。今回は13名中5名も知り合いがいた。
おまけに中国人ガイドの張さんには5年前にもお世話になっていた。
架橋工事中の川の中でバスがエンストしてあやうく難を逃れたといういわく付きの旅で、我々が少しでも快適に過ごせるように奔走してくれたガイドさんだ。
日本から付き添ってきた植物学者の大場達之氏は世界中の植物を知り尽くしておられる頼もしい先生。
添乗員として参加したS女史は大学で食虫植物を研究されているという知識面からも体格面からも頼りになる先生。

                                    つづく

最初の宿泊地、同徳で出会った子どもたち
ここまでは地震もチベット騒動も届いていないと思います。
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母子
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去年の8月にのせた写真の中からピックアップしました。
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5月半ばに咲き出したウチのブルーポピーは7個のつぼみが全部開きました。
あと1週間くらい咲いてそうなので、1月くらい楽しむことになります。
2000円弱で買ってきた苗ですが、家にいて青いけしが見られるのですから、安いものです。
多年草なので、うまく夏越しできれば来年も見られるかも。
種が出来ているけど、実るのかどうか。

一番下の花が最後に開いたもの。

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中国地震の復興は順調かと思っていました。
今朝のニュースで「学校建設優先で、仮設住宅は後回し」と。
中国の将来がかかっている子供たちの教育は大事かもしれないけど、一般市民の生活が後回しになるというのもいかがなものでしょうか。
昨日は日本からテントが800張ほど届いたようです。
ネットで地震のニュースを検索したら
「日本に感謝をしても過去を忘れるな」
とありました。
こういうところは中国らしいですね。
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