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12年間に渡り、中国奥地やチベットなどに出向いて、この目で確かめてきた青いけしについてまとめて見ようと思います。
青いけし、メコノプシスの解説ではありません。
何十年もあこがれ続けてやっと出会った私の青いけしへの想いです。
いつまで続くのか分かりませんが、おつきあいくださればうれしいです。


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1,999年7月8日、全国から集まった花好きメンバー17名と植物ガイドの先生、添乗員の構成で成田を出発した。
上海を経由して成都空港へ。専用バスで移動、標高1,800mの臥龍で1泊。
ここで初めてパンダを見た。
翌10日は舗装工事中の山岳道路を通って日隆に向う。
交通量が多いのに、片側通行の箇所が多くて時間がかかる。
標高が3,800mを越えるあたりから気分が悪くなってきた。
頭痛がひどく、吐き気がする。
巴朗山峠(標高4,300m)に青いけし、メコノプシス・ラケモサが咲いていた。
道路からも見えそうな場所に青いけしが咲いているというのに、体は言う事を利いてくれない。
一刻も早く低い場所に移動したくてじっと皆を待っていた。
高山病は高度を下げると回復するものである。
案の定、標高3,155mの日隆に着いたら気分は良くなっていた。
部屋の相方は一回り以上も先輩の旅慣れした人。
高山病などとんと縁のない人で大変お世話になった。
この旅がきっかけでこのあと5回も青いけしの旅をご一緒することになる。
日隆で2日間の花巡りを楽しんで、成都に帰る13日に再び巴朗山峠に立ち寄った。
この日は朝からシトシトと雨が降っていた。
往きに青いけしを堪能した人はもうバスから下りない。
日隆滞在中に高度に順応した私はやっとあこがれの青いけしに出合うことができた。
ガラス細工のような薄い花びらに雨を受けてうつむき加減で、メコノプシスは私を待っていてくれた。
1本の茎に数コの花が咲くラケモサと言われる品種のケシだ。
あたりにはポツポツと10数株のラケモサが見られた。
他にもエーデルワイスの仲間や、サクラソウ、コリダリスなど、日本ではお目にかかれない高山植物が一面に咲き乱れていた。
たまたま持参していた長靴を履いて、時間の許す限り写真を撮ったが傘を差しての撮影だったから満足の写真とはいえない。
中国の食事に馴染めなくてげっそり痩せて帰った私は、不本意な写真を整理しながらやはり自分には中国は鬼門だ、なんて思っていたものだった。
その鬼門の中国に毎年行くことになろうとは。

赤いけし・プニケア
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紫のけし・ヘンリッキー
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黄色いけし・インテグリフォリア
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日隆滞在で訪れた双橋溝
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ボタンの原種
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アツモリソウ
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四姑娘山
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12年間に渡り、中国奥地やチベットなどに出向いて、この目で確かめてきた青いけしについてまとめて見ようと思います。
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”待てば海路の日和あり”

母を見送り、子育てが一段落した時、チャンスは巡ってきた。
夫を送り出した後、ゆっくりと新聞を広げるのが日課になっていた。
一面のコラムを読んだ後、新聞をひっくり返し番組面から目を通してゆくのが私流の新聞の読み方。
2枚めくった左下のお知らせ欄にそれを見つけた。
「高山植物の王国、中国四川省・四姑娘山麓に幻の青いけしを訪ねて」
いきなり飛び込んできた見出し。
ん・・・中国で青いけし?
(実は海外で行きたくない国は中国とインドだったが、どちらも青いけしの宝庫だった)
8泊9日のツアー?
費用も他の海外旅行に比べて格段に高いというわけではない。
一人で参加するのだから、恐る恐る夫の了解を得て申し込んだ。
50代半ばになっていた。

祝上野動物園パンダ入園

この旅でみてきたパンダたち
当時まだ見物人も少なくて無造作に檻に入れられたパンダたちは伸び伸びと遊んでいた
もうたくさん・・・というほど何頭ものパンダを見てきた幸せはいずこ
臥龍の保護センターにて(05年の四川大地震でパンダたちは別の場所に移された)
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この青いけし、メコノプシス・ラケモサにたどり着くまで四半世紀以上かかってしまった。
地球上のどこかに、青い色をしたケシの花があることを知ったのは20代のころ。
暇さえあれば植物図鑑を眺めていた時期だった。
オオイヌノフグリのブルーが大好きだった。
黄色やオレンジのポピーの花びらをオオイヌノフグリのブルーに置き換えてみた。
そんな幻想的な花がどこかに咲いているのだ。
でもその頃は写真すら見たことがなかった。
1,975年11月に週刊朝日植物百科が発売された。
見たこともない世界の花が満載された冊子が毎週届く。
待ちに待った青いけしの号が届いたときは発売から1年3ヶ月が経っていた。
はじめて目にした青いけしはオレンジ色の蕊を取り囲む4枚の真っ青な花びらのグランディス。東ネパール、3,200m付近で撮影とあった。
さほどの感動はなかったように覚えている。
ネパールなど、あまりにも現実とかけ離れているせいだったかもしれない。
1,986年、地元新聞の夕刊の随想欄に2ヶ月ほど拙文を連載してもらったことがある。
その中で恋い焦がれる青いけし、メコノプシスのことを書いた。
それに反応があった。
チベットのラサが開放されて、ツアーによるジープの旅をしてきたという女性から手紙をいただいた。手紙と一緒に青いけしの写真が入っていた。
「随想に書いてあるメコノプシスとはこの花ではないでしょうか」と。
岩陰に真っ青な青いけしが咲いている写真だった。
オオイヌノフグリのブルーをもっと濃くした青い色、セルリアンブルーそのもの。
自分の中のイメージに近いケシだった。
だが、この時期は数年前に家を新築して実母を引き取り子育てと生活に追われている毎日、時間的にも経済的にも時期尚早だった。
ヒマラヤの青いけしを取り上げる番組もたまにあった。
どれもテント生活をしながら山に分け入り、高山病と闘ってやっと一輪の青いけしと出合う、という内容だ。
いつか・・・という夢は持ち続けていたが現実味は果てしなくゼロに思われた。



ある女性からいただいたラサで写したという青いけしの写真
手紙は紛失してこの写真だけが残っている
Kさんという方でした
Kさんは今でも奥地の旅に出かけているのでしょうか
メコノプシス・ホリドゥラ
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↑の写真は私が生まれて初めて目にした青いけしだ。
1,999年7月13日、中国四川省巴朗山山麓、標高4,300mの地で撮影した。
メコノプシス・ラケモサという。
長年あこがれ続けた愛しの青いけし、このメコノプシスに点数をつけるとしたら89点か。
−11点は何?
ひとつは、花の色がイメージしていた青い色とちょっと違うこと。
澄んだ空の色の青いけしが見たかった。
これはちょっとマゼンタが入っている。
そして、これを写したのが帰り道のそぼ降る雨の中だったということ。
良い状態で写せた往きの10日は高山病にかかってバスから一歩も外に出られなかった。
未経験の高度に体は拒否反応を示してしまった。
ほんの20mも歩けばあこがれの花はそこにあったのだが、他の人たちの歓声が響く中、私は青い顔をして座席でぐったりしていたのだった。
若い頃から山登りをして高山植物の写真を撮っていたが、訪れるのは東北の山が主。
2,000m以上の山には登ったことがなかった。
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中国四川省・夾金山に黒いけしを訪ねて
2010年7月7日〜17日



たいして遅れもせずに成田空港に着いた。
スーツケースを受け取った人からその場で解散になる。
もう夜の9時もとっくに過ぎてしまった。
スーツケースを宅配に預けてホテルに1泊しなければならない。
宅配カウンターに行って異常に気がついた。
スーツケースの底から黒い液体が流れ出しているではないか。
開いてみると、康定の初日にスーパーで買った黒酢の瓶が1本割れていたのだ。
10日間の中国旅行中、ず〜っとスーツケースの中で一緒に旅をしてきて、最後の最後に2本の瓶がぶつかりあって割れたらしい。
梱包が悪かった。
空港では荷物をおろすとき、ボンボン投げるのだという。
幸いこぼれた液体のほとんどは洗濯物を汚しただけ。
係のオニーさんが親切な人で、イヤな顔もせずに強烈な匂いを振りまく黒酢の処理を一緒に手伝ってくれた。
こんなとき、人の親切がしみじみありがたいと思う。
スーツケースは使えなくなったが、買い替える時期に来ていたので仕方ないか。
成田のホテルにチェックインしたときは11時近かった。
翌朝、朝食抜きでホテルを後にした。
この日から梅雨が明けて日本全国、驚異的な猛暑がはじまった。


長い間お付き合いいただきありがとうございました。
もう、年が明けたと思ったら2月も半ばですね。
知人に「今年はどこに行くの?」
と聞かれることが多い。
今年は・・・
う〜ん、青いけしの旅はお休みしようかと。
主だったけしは見てきたつもりだ。
新種も発見されているが際立って違うというほどのケシでもないように思う。
研究者ならどんな品種も見ておこうという気になるでしょう。
一介のシロウト愛好家がそこまでのめり込むべきではないと・・・。

次回から私なりの青いけし考をしたためたいと思っています。
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中国四川省・夾金山に黒いけしを訪ねて
2010年7月7日〜17日

青いけし追っかけの旅も12回目を迎えた。
6年前にまだつぼみだった黒いけしを見たくて3度目の四川省となった。
ほぼ予定通りにスケジュールをこなし、最後に黒いケシに出会えたラッキーな旅の記録である。
最後までおつきあいくださいね。



7月17日 成田へ
いよいよ中国ともお別れの日。
成田に帰る飛行機は午後1時発なので、出発はゆっくりだ。
朝食後、近くのスターバックスに行って朝のコーヒーを楽しんだ。
料金は日本とあまり変わらないが、量が倍くらいあった。
洪さんが運転する最後のバスに乗りこんで成都空港に着いた。
我々を下ろすと洪さんのバスは去っていった。
スーツケースを押しながら空港に入ると、フロアが妙に騒がしかった。
カウンターに手続きに行ったガイドの余さんが困り顔でやってきた。
国際線が急きょ運航中止になったという。
中国では予告ナシにこういうことが起きるという。
国内線で北京に行き、成田行きに乗り換えることになった。
余さんは入り口でお役ご免、これから先は自分たちで行動しなければならない。
空港会社社員の先導で搭乗手続きをして北京行きの国内線に乗った。
北京に着いて出国手続きを済ませ、なんとか成田行きの国際線の人となった。
そこでまたまた仰天。
突然の変更で座席はバラバラにしか取れない。
みんなからだいぶ離れた席に着いたら、隣に乗ってきた人は成都に来る時に、いや、成田に前泊したホテルから一緒だった某ツアー会社の添乗員ではないか。
成都に着くまでに何度も顔を合わせていたので言葉を交わしたこともあった。
奇遇ですね、とは言ったものの、あまり感じがいいとは言い難い若者添乗員だった。
機内で盛んに携帯をいじっているので、ワールドカップの優勝チームはイタリアであるということを聞いた。
いたってアナグロ的な我ツアーでは世界中が熱狂したサッカーの試合もカヤの外ではあった。


ドライバーの洪さん
11日間、走行距離2,251km、お世話になりました
どんな道も安心して乗っていられる優良ドライバーでした
またいつか会えるかなあ〜
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中国四川省・夾金山に黒いけしを訪ねて
2010年7月7日〜17日

青いけし追っかけの旅も12回目を迎えた。
6年前にまだつぼみだった黒いけしを見たくて3度目の四川省となった。
ほぼ予定通りにスケジュールをこなし、最後に黒いケシに出会えたラッキーな旅の記録である。
最後までおつきあいくださいね。




最後の晩餐には薬膳料理が振る舞われた。
相当大きなお店だが、次から次とお客が入って満席になっていた。
日本人団体さんも多かった。
今まで食べた中国料理の中で一番安心して食べられた食事だったと言える。
油も押さえてあり、体にもしっかり効き目があるという実感があった。
パンフレットを見ると目玉が飛び出るような値段が記してあった。
中国人もこういう店に当たり前に入れる経済力が備わったということか。
中国を訪れるようになって12年、外灯さえも乏しかった当時と比べても天と地の差だ。

食事の席でO先生から仰天の報告があった。
直前のキャンセルで参加者が定員を割ったため、急きょ添乗をやめたツアー会社の社長、Tさんが数日前にくも膜下で倒れたとのこと。
ホテルにFAXが届いていたという。
まだ40代の若さ、独立したばかりで仕事に忙殺されていたのでしょうということだった。
もし・・・今回のツアーに加わっていたなら・・・。
山の中で倒れたら命はどうなっていたことか。
宿泊所で倒れたとしても治療できる病院があったかどうか。
そして、我々のツアーも続行できなかったと思う。
これを幸運と言うべきかどうか。
幸い集中治療室で手厚い治療を受けておられるという(8月現在)
くも膜下は比較的社会復帰可能な病気ということなので幸運を祈るのみだ。

本場の薬膳料理はさすがに一味違う
・・・といっても昔からあった店ではなく最近の観光用だと思う
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なにやらアヤシゲ・・?
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