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12年間に渡り、中国奥地やチベットなどに出向いて、この目で確かめてきた青いけしについてまとめています。
青いけし、メコノプシスの解説ではありません。
何十年もあこがれ続けてやっと出会った私の青いけしへの想いです。
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メコノプシス・プニケア

青いけしはブルー、青い色の花である。
青いけし追っかけをはじめるまではそう思っていた。
はじめて四川省を訪れたとき、青いけしの常識が覆された。
「メコノプシスはケシ科に属するヒマラヤの青いけしの」仲間にたいする属の学名でMeconopsisと綴る。
この語はメコン(mecon)とオプシス(opsis)という二つの語からきている。メコンはケシを指すギリシャ語、オプシスは似ていることを示す語なので、花がケシに似ていることを指して与えられた名前といってよい」
・・・「ヒマラヤの青いケシ」大場秀章著より

とあるように「ケシもどき」ともいわれるメコノプシスである。
青はもちろん、赤、黄、紫、ピンク、白などカラーバリエーション豊かな花だった。
はじめて四川省を訪れて、最初に目にしたのが真っ赤なケシ、メコノプシス・プニケアだった。
1,999年、まだ古き良き中国の香りが残る成都に降り立った。
パンダの故郷、臥龍から四姑娘山麓に向う山岳道路は舗装工事中で、何度も工事や片側通行で待たされながら宿泊先の日隆に向った。
花が咲き乱れる3,200m付近の草原でバスが止まった。
参加者全員がクモの子を散らすように、草原に繰り出してのフラワーウオッチング。
はじめて出会う中国の高山植物たちに気分はハイ状態。
ピントを合わせるのももどかしげにシャッターを切り、花から花へと渡り歩く。
アネモネ、プリムラ、キンポウゲ、コリダリス、野生のボタン・・・。
中でも驚いたのが赤いけし、プニケア。
4枚の花びらがぶら下がって、別名ハンカチケシとも呼ばれる姿はちょっと異様だった。
が、茶色い剛毛に覆われた茎と萼はケシそのもの。
花は色では計れないものであるとしみじみ感じたフラワーウオッチングだった。
メコノプシス・プニケアは決して珍しいケシではない。
このあと、4,300mの巴朗山峠を越えて宿泊先の日隆に向うまでの道すがら、赤いけしは何度も目にした。
特に四川省は赤いけし、プニケアの宝庫だ。
2度目に訪れた黄龍では大げさに言えばハンカチほどの大きさの花びらがぶら下がっていた。
3度目に訪れた夾金山では原っぱを赤く染めている群落が何ヶ所もあった。
青海省でも個体数は多くないが、プニケアは見られる。

メコノプシス・プニケア
青いけし追っかけの旅で目にした記念すべき第一号のけし
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2度目の四川省、巴朗山峠にて
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青海省、アムネマチンをバックに
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夾金山では原っぱを赤く染めていた
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チベットのメコノプシス・ホリドゥラ3

2,006年に2度目に訪れた東チベットでもホリドゥラに出会った。
チベットへ行った目的はメコノプシス・プライニアナだったが・・・。
ラサに1泊したあと、観察拠点のパーイーに移動する。
その途中、東へ半日ほど走った5,030mのミーラー峠をウオッチングした。
テーマパークかと見まごうばかりにタルチョに彩られた峠で車を降りて、なだらかな斜面をゆっくり歩いていると突然目に飛び込んできた青い花。
常に強風が吹きつけている高地では背の高い植物はほとんどない。
どれも地べたをはいつくばって風から身を守るように咲いている。
そんな中で、青い花は凛と立ち上がって咲いていた。
青いけしは種類によってはっきりと棲み分けているものが多い。
特にホリドゥラはより厳しい環境にのみ咲く。
青海省では4,300mあたりで咲いていたが、ここは5,000m。
雨の少ない地で、全身にまとっている鋭いトゲに貴重な水分を集めて生きている。
標高が高いぶん、背丈はより低く、花もいくぶん小さかった。
色はより青さを増していた。
日差しが照る日中でも気温は20度前後、夜には相当冷えるのではないかと思われる。
短い夏に花を咲かせ、虫を呼び寄せて結実し、子孫を残していく。
強い風に逆らわずに揺れて咲く様にたくましさと健気さを感じた。

チベットのメコノプシス・ホリドゥラ
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強い風に体を震わせていた
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経文がプリントされているたるチョは死者への祈祷旗
亡くなった姉用に20元(300円、売り子に持ってもらった黄色い部分)でつけてもらった
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荒涼とした台地でも小さな花が咲き乱れていた
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メコノプシス・ホリドゥラ2

青いけしのほとんどは一回稔性(実生から数年経って花が咲くと枯れてしまう)だから種がうまく定着した年は花が多く咲く。花の少ない年もある。
最初に訪れた年は決して少ない個体数ではなかったが、時期がちょっと早かった。
真っ青な花が一株にあふれるように咲いている時期もあるらしい。
2007年、理想の花盛りを夢見て再びアムネマチン山麓を訪れた。
前回は行かなかった黄河源流の町、瑪多(まどう)も魅力だった。
前回より11日も遅れての出発。

5年ぶりに訪れた黄河源流は目を覆いたくなるような現実が待っていた。
ここ数年、乾燥化や工業用水のつかいすぎで、黄河の枯渇が深刻になっていた。
この年も雨が少なかった。
未舗装の道路に入ると前の車の砂ぼこりで、1m先も見えずにしばらくストップしなければならないようなありさま。
期待していた青いけし街道は砂ぼこりに覆われて見る影もなくなっていた。
それでも観察拠点の4,300mの峠では今が花盛りのホリドゥラが点々と咲いていた。
じりじりと燃える太陽の下、前後左右、じっくりと青いけしを写した。
温泉の近くの青いけしの群生地は車道拡張ですっかり潰されていた。
アスファルトの道ばたに残された数本の青いけしがあわれな姿をさらしていた。
一面の菜の花の絨毯を眺め、のんびりとフラワーウオッチングしながら走った道路は高速化し、猛スピードで走り抜けた。
そして何より心が痛んだのはチベット族の頽廃だった。
中国政府の遊牧民定住化政策で収入の道を失った彼らの行く先は絶望的だった。
食堂にいると、窓の外から手を差し出して物乞いをする大人、子ども。
エセ僧侶にも出会った。
前回は決して目にすることのない光景、胸が痛んだ。
バヤンカラ山のふもと、黄河源流で満開で大株のホリドゥラに出会ったが、個体数は多くはなかった。
乾燥化のせいか、たまたま不作の年だったのか。
季節外れの雪が降った峠で見た雪蓮が救いだった。
乾燥化=日照り続きで青空にそびえるアムネマチンの雄姿が全貌できたのはラッキーとしよう。
この前年に西寧とチベットのラサを結ぶ青蔵鉄道が開通している。
西寧を訪れる日本人は年間100人にも満たないと言われてきた僻地も、今や日本人も西洋人もがこぞって訪れる一大観光地となっている。
もう2度と訪れることはない青海省。

メコノプシス・ホリドゥラ
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コンデジよりも小さい固体があった
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季節外れの雪に覆われたバヤンカラ山
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思いがけない雪蓮
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西部大開発でいたるところ工事中
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ピカピカのアムネマチン山が望めたのは乾燥のおかげ?
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メコノプシス・ホリドゥラ1

ヒマラヤの青いけしの代表といえばメコノプシス・ホリドゥラではないか。
トゲに覆われた真っ青な花、背丈は小さく、1本の茎に1個の花を咲かせる。
標高4,100m以上の厳しい高地に行かないと見られない。
「高根の花」とはホリドゥラのためにあるのかもしれない。
はじめて雲南省を訪れたとき、ガイドの先生にホリドゥラが見たいと話した。
しかし、いつも高山病に悩まされていた私には無理だろうと言われた。
このときにご一緒した方が前年にホリドゥラを見てきたという。
ダメモトで彼女が利用したツアー会社から資料を取り寄せた。
そこには高山病に効くという薬が紹介されていた。
4,000m近い宿泊場所もあるが薬を信じて参加した。
行き先は中国青海省、アムネマチン山麓。
青海省って?
アムネマチンはどこにある山?
古い地図を見ても、青海省は分かったがアムネマチン山など載っているはずもない。
ネットで「アムネマチン」で検索したら、自転車で青海省を横断した男性の手記の「・・・これから崑崙山脈の東端に位置するアムネマチンの峠を越える・・・」
という一文だけ見つかった。
一時、ヒマラヤより高い山、と騒がれたことがあったらしい。
調査の結果標高6,282mであることが判明したという。
当時、一般的にはほとんど知られていない僻地だった。

2002年7月10日、成田成田空港に集まったのは7名。
そのうちの3名は青いけしの旅で知り合った仲間だった。
早朝に成田を出発し、上海に1泊して翌日青海省の省都、西寧に降り立った。
早速小さなマイクロバスにツアー会社の添乗員と成都と西寧からそれぞれ1名ずつの現地ガイド、計10名が乗り込んで出発した。
黄河の恵みを受けた青蔵高原の緑豊かなステップ台地は、行く先々に花があふれていた。
ツアー会社のうたい文句に「何10kmも続く青いけし街道」とあった。
広告にいつわりなし、咲きはじめた青いけし、メコノプシス・ホリドゥラは道の両側に点々と青いしずくを落としていた。
標高4,200mを越える高地に咲くホリドゥラは、ガレ場の少ない水分を効率良く吸収するために鋭いトゲを全身にまとっていた。
うっかり触ろうものならクラゲに刺されたみたいに痛くて、何日も腫れが引かない。
地際から花茎を数本伸ばし、花を1個ずつ付ける。
20cmほどの花茎に直径7,8cmほどの大きな花を咲かせて華やかだ。
色は紫がかったものから濃い青、薄い青とさまざまな装いで金色の蕊を取り囲んでいる。
茎にも葉にもトゲという頑丈な鎧をまとい、凛とした美しさに輝いているホリドゥラはジャンヌ・ダルクというところか。
たくましさを感じる青いけしだった。
滞在中、標高4,800mの高地でもフラワーウオッチングをしたが、ダイアモックスという薬のおかげで高山病の苦しみから逃れられた。
数ヶ所で思う存分、メコノプシス・ホリドゥラを堪能できた。

標高4,300mの峠の駐車場に咲いていたホリドゥラ
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この旅で最初に出会ったホリドゥラ
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花色にバリエーションがある
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理想的なホリドゥラ
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雨に白く光るホリドゥラの群れ
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西寧〜貴徳〜同徳〜瑪沁(まちん)〜と、アムネマチン山麓を一回りして温泉(という地名)に向う途中、架橋工事中の川で立ち往生してしまった。
マイクロバスは仮の橋もない川を渡渉しなければならない。
いつもなら十分渡れるはずの川が上流で降った雨で増水していた。
あとにも引けず奇跡を願って走り出したが、奇跡は起こらなかった。
中国人ガイドが頼み込んで、なんとか工事用のショベルカーで向こう岸に運んでもらった。ドライバーが必死で水を吸い込んだエンジンを直そうと奮闘していた。
もうあきらめかけたとき、現場にやってきた工事責任者が手を貸してくれた。
なんとか動けるようになったが、すでに夕方の7時を過ぎていた。
温泉まではたどり着けないだろうという工事責任者の魏さんの計らいで、途中の花石峡という地にある宿舎に泊まることが出来た。
一般人、それも外国人が泊まったのははじめて、ということだった。
非常に友好的だった魏さんや宿泊所の関係者にシェイシェイ。
泊まるはずだった温泉の招待所は劣悪この上ない施設。
アンラッキーがラッキーに転じた瞬間だった。
西寧に無事にたどり着いて1泊し、上海に1泊して帰国した。

川の真ん中で立ち往生したバスの中から
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アムネマチン山の麓に広がる菜の花畑
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